鯉のぼり
私が生まれ育った家は決して裕福とは言えない貧しい家庭で育ち、将来はお金持ちになりたいと常に思っており、子供の頃は食べるものには困りませんでしたが、欲しいものは沢山あり、せめてこどもの日に掲げる鯉のぼりは欲しいと思っていました。
近所の同年代を見ていると、家の隣の敷地などに鯉のぼりを立てているのを見て羨ましく思っていたことを覚えていますし、それがトラウマになっているのか、何かと鯉のぼりのグッズを見ると購入してしまう衝動が今現在でもあります。
間違えても、決してプロ野球の広島カープが好きだからということではありません。
小さい時から4月の中旬ぐらいになると、あちこちの家庭で吹流しと共に気持よさそうに鯉のぼりが泳いでいるのを見るのは気持ちが良いですし、心地良いものですよね。
ただ、一般的に登戸言うと、商店の安売りやセール、それからパチンコ店の店前など、計画などを前もって知らして、世間の反響を知るための役目として使われています。
実を言うと鯉のぼりの方が後から日本国内で使用されるようになり、日常で使用されている上りの方が歴史は古く、なかなか面白いルーツを持っているのです。
確かに目立つものも多く、人の脳裏には残りやすくなっており、種類も豊富で大きさも自由に決めることができますので、世界で1つしかない自分だけののぼりを作るというのも面白いですし楽しいと思いますので、試されてみては如何でしょうか。
それでも私は、小さい頃からの思い出ということもあって、のぼりイコール鯉のぼりというイメージが強く、貧しい家庭に育ったからかもしれませんが、強く残っています。
北畠顕家とのぼり
一般的で日常的に使用されているのぼりの起源はいつ頃からだと思いますか。
そんな事に興味もないかもしれませんが、日本人として知っといて損は有りませんのでお付き合い頂きたいのですが、きっと知っている方でも最初にのぼりを使用した人は武田信玄で風林火山だと認識している人がいると思うのですが、実は武田信玄よりも先に利用していた人物がいまして、それは鎌倉時代の武将である北畠顕家となっており、江戸時代以降の歴史を習うことが多くイメージ的には武田信玄とされていますが、風林火山ののぼりを最初に使用したのは北畠将軍なのです。
これだけでも、のぼりについて興味を持って頂けたと思いますし、なかなか奥深い物を感じて頂けたと思うのですが、昔は部下の士気を高めるためにも用いられましたし、味方同士であることを認識するためにも使っていて、今とは用途が少し違いました。
日本人の生活に根ざしているのですが、今はお客さんの欲求をかきたてる為に用いられており、商人が使うようになったわけですが、唯一変わらないものもありまして、ひとの意気高揚させるものとしては、今も昔も変わらないのです。
だからとは言い難いですが、のぼりを見る度に懐かしい気持ちになるのかもしれませんし、鯉のぼりに対しての執着心があるのかもしれないと、今更ながら思いました。